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研究内容

研究の目的

生物の体を構成する臓器は、それぞれ生存に必要な何らかの機能に特化しています。その機能は、各臓器特有の組織構造に分化細胞が適切に配置されることで獲得されます。このような臓器の機能的な形態、細胞能力は発生過程で構築され、特に発生後期~生後初期における臓器の成熟過程は固有の生理機能獲得に重要な時期です。
発生過程の臓器形成異常は、疾患と密接に関わっています。一方、生後の体は常に外環境に晒され、組織は頻繁に損傷を受けます。これに対し、人間の臓器も不完全ながら再生能力を持つことが解明されつつあります。そこで、私たちはマウスの呼吸器をモデルとして、臓器の形態形成、修復・再生機構の解明を試みます。




背景

ヒトの呼吸器は1日に実に14,400リットルの外気を吸入、排気していると言われており、人体で最も外環境に曝露される内蔵です。呼吸とは生体内に酸素をとり入れ、代わりに二酸化炭素を放出する生理現象です。細胞内でミトコンドリアが酸素を利用する内呼吸と、外環境と体全体の間でガス交換をおこなう外呼吸に分けられます。特に後者のために機能している気管、肺、そしてそれらを取り巻く組織を含め呼吸器と総称します。高等動物の呼吸器は高効率にガス交換を行なうための特徴的な形態を持ち、呼吸のために特殊な分化をした細胞で構成されています。呼吸器の発生は、全体を通して上皮組織と間充織組織が同調しつつ、それぞれの組織が持つ幹細胞からの細胞の供給によって進行します。呼気・吸気の運搬経路である気管-気管支-細気管支(以下、気道と総称)(図1)の上皮組織は、吸気を肺胞まで送り届けると共に外敵の侵入を防ぐ為の機能を持っています。その機能は上皮細胞の種類とその数的バランスによって保たれていて、主にクラブ細胞(分泌細胞)、繊毛細胞、神経内分泌細胞、基底細胞、杯細胞の5種の細胞で構成されています。やがて出来上がった成体の呼吸器では、杯細胞、クラブ細胞、繊毛細胞が適切な配置と数的バランスによって粘液繊毛クリアランス機能を発揮し、外部より侵入した塵や雑菌を咽頭へ押し戻します。また肺胞は肺におけるガス交換の主体組織であり、微細なスポンジ構造を示します。目の細かい網目構造が効率的なガス交換に必須であり、ガス交換を行う扁平で毛細血管と隣接したI型肺胞上皮細胞と、肺胞構造を維持するためにサーファクタントを分泌している立方型のII型肺胞上皮細胞で構成されています。興味深いことにすべての細胞種が共通の胎児期の幹細胞より作り出せることがわかっています。

 

fig1

<図1> マウスの気道上皮組織を構成する細胞種とその分布パターン

 

我々はこれまでの研究から、呼吸器のほぼすべての上皮細胞がNotchシグナルの影響を受け、細胞の数、分布、機能が制御されていることを報告してきました(図2)。また最先端の高解像度4次元イメージング技術と胎児肺の器官培養技術を組み合わせて、肺神経内分泌細胞が組織の中を激しく動きながら発生していく様子の撮影に世界ではじめて成功しました。一方で、大型の管腔組織である気管の発生過程を統合的に解析することで、間充織細胞の極性同調と、タイミングを合わせた細胞分化が、気管の長さと太さを正確に制御していることを発見しました。これらの発見は、一見複雑に見える内蔵の組織構造、細胞分布が遺伝子によって正確にプログラムされていることを示しています。また胎児期の発生で見られた細胞間シグナルは、成体で起こる損傷再生や疾患でも機能していることがわかってきました。私たちは呼吸器の発生、再生研究を通して生物のライフステージを通して保存された生命の根幹的な現象に迫ります。

fig2

<図2> 2種類のNotchシグナル様式を介した気道上皮パターニングのモデル図

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プロジェクト1:胎児気管の全上皮細胞リネージ解析

発生後期~生後初期は臓器の機能獲得、成熟化のために重要な時期です。発生異常による疾患の発症を理解するための有益な情報が隠されています。また発生後期の臓器形成と成体の組織再生との間には幾つかの共通点があることが知られています。本プロジェクトでは、気管上皮を1細胞レベルで遺伝子発現および細胞動態を解析し、発生後期でおこる多細胞の連携メカニズム解明に取り組むとともに、未分化を制御する遺伝子と疾患の関わりについての探索を行なっています。

fig3

<図3> 胎児気管の上皮細胞の1細胞遺伝子解析。

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プロジェクト2:肺NE細胞の奇妙な振る舞いと多彩な機能

肺にはガス交換以外に2つの重要な機能があります。1)呼吸環境を感知する機能、2)外来因子の侵襲による障害に対応する能力、です。これら2つの機能に中心的な役割を担っているのが、“呼吸器の感覚器”と呼ばれる肺神経内分泌細胞(Pulmonary Neuroendocrine cell, 肺NE細胞)の集団です。我々は胎児の肺NE細胞のライブイメージングに成功し、肺NE細胞が遊走して気管支分岐点に集積することを明らかにしました。肺NE細胞の遊走は今まで知られていない未知の遊走様式で移動していると考えられます。本プロジェクトでは肺NE細胞の遊走メカニズムの解明と、成体における肺NE細胞の機能と疾患の関わりについて研究しています。

<図4> 胎児肺の気管支構造(青)と肺NE細胞(緑)の分布パターン。赤線は気管支の分岐構造を示す。

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プロジェクト3:“生まれる”ことが呼吸器の発達をうながす仕組みの研究

長い発生過程を経て構築された呼吸器は、出生後に外気を吸い込んで初めて機能しはじめます。呼吸の開始は肺組織にメカニカルストレスを与え、高濃度の酸素への暴露が始まり、これらの刺激が肺組織のさらなる発達を推進すると考えられています。我々はこれまでの研究からNotch2シグナルが出生直後の肺胞形成に必須であり、関連遺伝子が欠損した新生児マウスは気管支肺異形成症(BPD)を起こし、肺気腫に至ることを発見し、報告しました。また同時期に他の細胞間シグナル遺伝子欠損でもBPD様の表現型を示すが報告され、出生直後では特に肺胞の組織幹細胞において複雑な細胞間シグナルのクロストークがあることが示唆されました。本プロジェクトでは、出生後の肺胞形成に異常を示す変異マウスを用いて、呼吸の開始が肺胞の組織幹細胞を刺激して、組織の再編制をうながすメカニズムの解明を目指します。

<図5> 出生直前(胎生18.5日)の組織は正常とほとんど変わらないが、Notchを欠損すると出生後時間が経つごとに肺胞の組織密度が顕著に低下する(左)。Ⅱ型細胞(ピンク)の中でも、増殖しているもの(水色、黄色矢印)の割合が明らかに減少しているのが分かる(右)。

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プロジェクト4:呼吸器の再構成論的理解

近年の幹細胞培養技術の発達は目覚ましく、生命科学研究の推進力になっています。特に幹細胞からミニ臓器を再構築する技術を”オルガノイド培養”と呼び、近年急激に注目を浴びています。私たちは工学、化学、マイクロデバイスの技術を借りながら、幹細胞から呼吸器の一部を再構築し、培養する技術の開発に取り組んでいます。呼吸器オルガノイドを作ることで、比較的シンプルな実験系による幹細胞動態の観察や理論の証明、またin vitro 病理モデルの開発が期待できます。

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